【書評】2020年本屋大賞受賞作、凪良ゆう著『流浪の月』ネタバレあり感想。
本屋大賞 第1位
吉川英治文学新人賞 ノミネート作
「犯罪者とその被害者」
世間にそうレッテルを張られた二人の真実の物語です。
※この記事では結末までは明かしていませんが、詳しいストーリーには触れて感想を書いています。何も分からない状態で読みたい場合はUターンしてください。
著者紹介
著者は凪良ゆうさん。
十年以上“BL”(男性同士の恋愛をメインにした作品ジャンル)界の書き手として活躍し、多くの著書があります。
2017年に講談社の文庫レーベル「タイガ」で『神さまのビオトープ』という非BL作品を刊行。
それから2年。初の単行本作品『流浪の月』(本書)で、本屋大賞受賞となりました。
生きづらさを抱える人物を繊細な筆致で描く書き手として知られています。
『流浪の月』の内容
あらすじ
自由奔放な母と、母を心から愛する穏やかな父のもとで育った更紗。
「更紗ちゃんのおうちはちょっと変」とクラスメイトに言われても平気だった。
両親との生活は楽しかったから。
9歳の時、両親が相次いでいなくなり、叔母の家に行くことになったことが悪夢の始まりだった。
叔母の家に居場所はなく、従兄の孝弘は毎晩無遠慮に身体を触ってくる。
帰りたくなくて、同級生が帰った後も公園に残っていると、いつもじっとこちらを見ている男性に声をかけられ、ついていくことにした。
そのまま3か月、更紗を連れ帰った一人暮らしの大学生・文の家で暮らした。
好きなものを食べ、好きな時に寝るだらだらとした日々。
それは自由で心安らぐ生活だった。
ある日、パンダがみたいと2人で暮らすようになってからはじめて外出をした。
外出先の動物園で、ニュースで誘拐された女の子として更紗に見覚えがある人が通報し、2人は引き離され、警察につかまる。
その後更紗は叔母の家に戻され、文は逮捕されるのだった。
...世間からみたら、それが幼女誘拐事件の事実であり結末だった。
それから15年、2人は再会をはたす。
お互いのそばにいることを決める二人だったが、消えないデジタルタトゥーが残る。
世間ではいつまでも被害者と加害者なのだった――。
本書の特徴
ポイント1:際立つ表現の美しさ
文の容姿や声の印象を更紗が語る文章は、その表現がとてもきれいで、文が線の細い美しい青年だということが分かります。
更紗が両親と暮らしている頃の、楽しさ嬉しさゆえにキラキラと輝く日常の記憶も素敵でした。
だからこそその後の息苦しい辛い日々の文章表現に読み手はさらに心が痛みます。
繊細で豊かな文章表現で、この物語の世界観を丁寧に創りあげているように思います。
ポイント2:2人の間に生まれる「愛」ではない「絆」
本書は小児性愛者の生きづらさをテーマにしているのかなと思いました。
もしくは、犯罪者と被害者の関係の中から生まれる愛を描いているのかなと。
でも違うんですね。
文君は小児性愛者ではないんです。
更紗と文の間にも愛は生まれないんです。性愛もない。
人と人の関りは、「愛」や「友情」などど定義できない関係性もあるわけで。
他人から理解されるものでなくてもいいんだよなぁと思いました。
※参考リンクはこちら
⇒『流浪の月』登場人物たちが抱える生きづらさとは?病名は?根拠となる文と一緒に紹介します。
ポイント3:世間と当事者の見解の乖離を描く内容
世間から見たら文は少女を誘拐したロリコンの変態青年で、更紗は変態青年に攫われて酷い目に遭った可哀そうな少女。
けれど本当はお互いがお互いの唯一の救いだったんですよね。
文も更紗も、元々いた場所の方がずっと息苦しくて辛い世界だったわけで。
世間を賑わせるニュースにも、もしかしたら当事者たちにしか見えない真実もあるかもしれませんね。
最近はインターネット上で被害者や加害者が簡単に特定され、デジタルタトゥーとして一生背負っていかなければならない傷を負います。
時に第3者が加害者や被害者に対して個人情報を「晒す」という罰を与えることがありますが、それがどう影響を与えるのか、本当に正しいことなのか、考えなければいけないと思いした。
感想、まとめ
息苦しく感じるほど重く不穏なストーリーですが、ささやかな幸福感を感じるラストで、読後感は決して悪くありません。
衝撃的な展開や予想もつかないトリックは無いんですが、大きな印象を残す作品でした。
現在東京創元社のHPで『流浪の月』の冒頭100ページをWEBで公開しています。
本屋大賞受賞の話題の1冊です。読んでみてはいかかでしょうか。
本屋大賞ノミネート作の他作品もレビューしています。
よろしければご覧ください。